非難の本質!人を非難する前に考えてみたいこと

インターネットを見ると、
毎日なにかしらの
非難合戦が行われています。

ただ、よくよく
非難の本質を考えると、
人を非難することの
無益さが分かってくるように
なります。

目次

非難の本質とは

それでは非難の本質とは何でしょうか。

それは、

人に罪悪感を抱かせようと試み、自分の自尊心を保つために行うこと

だと考えられます。

簡単に言うと、人を落とすことで、相対的に自分を高め、自分自身のプライドを守ろうとする行為ということです。

非難というのはつまり、

自分をもっと認めてくれという心の叫びです。

だから、自尊心の低い人ほどよく人を非難します。

それは、心を守るための防衛本能です。

これは、非難が悪いと非難する人を非難しているわけではありません。

非難するという行為を自分がしたくなった時、

その意味するところの自分の心の本当の声は何だろうかという考えてみて欲しいということです。

非難したくなる心の原因とは

何かを非難したくなる原因の結局のところは、

自分の自尊心の低さからきています。

また、自分自身の評価の基準が世間の物差しであることからきています。

自分自身を自分で認め評価することができれば、

人を非難して自分の自尊心を保つ必要なんてなくなります。

昔はよく「お天道様が見ているぞ」なんてよく言ったものですが、

(私の時代ではありませんが)

そのように思い、

誰も評価してくれなくても、誰も見ていなくても、

天は自分のことを正しく評価してくれるだろう、

正しいものをちゃんと認めてくださるだろう、

というような心持でいれば、

人を非難するような気にはならないものです。

自分自身を省みて

時にはやはり、人を非難したくなるようなこともあります。

そんなときに、上記のように考えて自分自身を省みてみますと、

やっぱり、「自分は正しかったんだ」と正当化したいがために非難しようとしていることに気づきます。

私自身それに気づいたときには、

「ああ、まだまだ心が小さいな。自分自身で自分を正当化する必要なんてないじゃないか」

という思いになります。

批判というのは、評価・分析してそのものを判断することなので必要ですが、非難はたいていの場合不要です。

多くの場合、本当に非難すべき時には、非難ではなく対処が必要です。

例えば、ストーカー被害にあっているとか、パワハラを受けているなんて言う場合には、非難している場合ではなく法的な方法を含め適切な対処をしなければなりません。

自分自身で自分を評価できる人間になること

自尊心が低く、自分で自分を評価できない人は、結局、他人の目で行動を変える人ですから、あまり信頼できません。

そういう人は常に監視していないと働かない従業員のようなものです。

しかし、自分自身で自分を評価できる人は、自分で会社を経営する経営者のようなものです。見ていなくても自分自身の心に照らし合わせて正しい行動をとります。

自尊心が高い人=プライドが高い人ではない!

プライドが高い人と聞くと、なんとなく面倒そうな人というイメージがあるかもしれませんが、いわゆる「プライドが高い」人というのは、本当はものすごく自尊心の低い人です。

よく、学歴が高かったりする人に「プライドが高い」といわれるような人が多いのは、社会の目の中で社会の物差しで自分というものを評価してきた人たちなので、その人たちはただ社会の評価が高かっただけで、自尊心自体が高いわけではありません。

本当に自尊心が高い人は、他人に何かを言われても意に介しません。

自尊心が低いからこそ、人からの評価や言葉で一喜一憂し、人を非難することで自分自身の心の地位を保とうとするのです。

自尊心の低さは個人ではなく社会の問題

ただ、こうした私たちの自尊心の低さというのは、個人の問題ではありません。これは、文明が急激に発展したために起こった心の排気ガスのようなものです。

グローバル化社会で、新しい価値観や文化、文明を急速に取り入れ、発展していく中で、心の成長がその速度に追い付いていないために起こっているものだと思います。

では、どうしていくべきか

これは簡単なことで、

なにかを非難したくなったら、それが自分を正当化するために行うものでないか考えてみることです。

自分が正しかったと納得したいがために、人を非難するのではないか、

もし答えがイエスなら、非難をやめます。

そして、非難などしなくても自分自身は正しいと自分で評価してあげてください。

もし、ノーなら、それはなにか対処が必要かもしれません。

今まさに誰かがあなたに対して攻撃してきているとしたら、

一刻も早く手を打ってください。

非難から得られることはただ、

仮に自尊心を満たすだけのことです。

また、善悪の判断が必要な場合があったとしても、

その時は、人を非難するのではなく、

行為のみを非難すべきです。

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